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(アカプルコの港です)

 
 アカプルコ発 セブ行き ガリオン船の旅 

 今の時代のツァーでは有りません。
 スペインが未だフィリピンを植民地にしていた時代の船旅です。

 大変だったでしょうね。
 貿易風に乗って数ヶ月かけてセブまでは来ても
 復路は難しかったらしいです。

 1565年に太平洋大圏航路が発見され
 (日本近海まで北上し黒潮と偏西風で米国大陸に至り
 カリフォルニア海流でアカプルコに戻る)

 之によりアジア貿易の拠点として
 フィリピンの価値が定まったらしいです。

 スペインにとってのフィリピンの植民地的価値と云うのは
 メキシコ植民地との中継点というだけだったようです。

 フィリピン植民地経営の損益計算書は
 300年間赤字だったと云います。

 搾取出来る物は無かった。

 港としてのマニラ、セブの有用性と
 召使の労働力だけだったらしいです。

 今でもそうです。

 フィリピンは海外就労者の本国送金だけで成り立っている国です。

 労働力だけが売り物の国なのです。

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(ロイヤルカリビアンの8万トンの豪華客船・レジェンド オブ シーズ号)

 2年前アカプルコに行って来ました。
 米国サンディエゴからの8万トン豪華客船での船旅です。

マゼラン時代のガリオン船は100トン前後でした。
これで太平洋を横断したのです。

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(アカプルコ博物館にあるマリア像)

 気象予報も無い時代で、命懸けですね。

 アカプルコのスペイン風要塞の中に
 アカプルコ歴史博物館が有りました。

 其処にはガリオン船の模型と一緒に
 上掲のマリア像が展示して有りました。

 是は僕達がセブやネグロス島でよく見かけるものです。
 メキシコとフィリピン
 交通も文化も繋がっていたのですね。


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  (アカプルコ博物館の外観・旧アカプルコの要塞)

   アカプルコ博物館の動画をyoutubeにアップしました。

  動画のなかに当時のガリオン船の模型がでてきます。




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(セブ島・サンペドロ要塞のインディオの頭部)

 上の写真はセブ島のサンペドロ要塞の
 チケット売り場に展示してある
 インディオの頭部のオブジェです。

 メキシコシティーに行かれた事が有る方なら分るでしょうが
 これはメキシコの博物館なら何処にでもある

 メキシコの特徴的オブジェです。

メキシコの物は数メートル有ります。
セブの物は50センチ程です。

ヤッパリ繋がっていたのですね。

 ピサヤ語やイロンガ語にもスペイン語が沢山混ざっています。
 現地の人が知らないだけです。

 アカプルコの要塞やマニラのイントラムロス程の規模は無いですが
 セブのサンペドロ要塞は
 キューバの要塞と同じ位の大きさが有ります。

 外観も内部もソックリです。

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(セブ島・サンペドロ要塞)
            
 日本は江戸時代に鎖国をしていた為
 スペインの影響を殆んど受けていません。

 セブのサントニィーニョ教会には
 スペイン来寇の絵が回廊に多数架けられて居ます。

 スペイン艦隊が来て村落が多数焼かれている横で
 宣教師による洗礼が行なわれている絵が数枚有りました。

 宣教師の身体を矢が透り抜けても
 不死身の宣教師は笑っている絵も有ります。

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(セブ島・サントニーニョ教会にあるスペイン時代の絵)

 フィリピンの人達は
 此の絵に義憤や疑問を感じないのでしょうか。

 フィリピンやアジアの歴史を見ると
 鎖国をしてキリスト教を排斥した日本の鎖国政策は
 間違いでは無かったと僕は思います。

  
 序でに
 フィリピンの名前の基になった
 スペイン皇太子フェリペ2世の顔御存知ですか。

 2年前ニューヨークのメトロポリタン美術館に行った時
 一階に胸像が展示して有りました。

 決して御利口な顔では有りませんでした。
 カメラが無かったので写せませんでした。

 先日検索中に
 その胸像の写真を掲載したブログを発見しました。

 写真権利者許可を頂きましたので掲示します。

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(ニューヨーク メトロポリタン美術館 フェリペ2世像)
 
  フィリピン人でもフェリペ2世の顔を知らない人が多いらしいので
 此の写真は貴重だと思います。

 セブ市は今、人口72万人
 マンダウエー市 ラプラプ市タリサイ市等6市を合わせた
 メトロセブ圏で130万人
 セブ本島で300万人

 セブ州で335万人の人口(2000年調べ)だと云います。

 マゼランも500年後
 セブがこんなに大きく成るとは考えて居なかったでしょうね。

 僕は今
 セブと云う歴史的にとても面白い処に住んでいます。

 纏まらないブログでしたが
 最後にセブ・サントニーニョ教会の
 スペインと宣教師による
 セブ襲撃 征服の絵を載せて終わりにします。

 左側で燃えているのがセブ原住民の部落です。

 手前には原住民の死体が転がっています。

      

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 それではまた後日