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(観光の民俗舞踊)

 台湾を7日間で周る旅。
 都市から郊外に出て田舎を走ると
 奇妙な風景にぶつかります。

 小さな小屋のような御店のような処に
 ミニスカートの綺麗な御姉さんが立って居るのです。

 それも一箇所や二箇所ではアリマセン。
 幹線道路沿いに沢山有るのです。

 あれは何ですかとガイドに聞くと
 「ビンロウ椰子の噛みタバコ売り」だと言います。

 流石中国人商人、やる事は徹底していると思い
 一つ買って試してみました。

 石灰に何やら赤いものが混ぜてあり
 其れを口に入れて噛むのです。

 やってみました。
 チョークと甘くない木苺を噛んでいるようです。

 ややすると口の中が熱くなり、堪らず吐き出しました。

 口を水で濯いでも歯や口の中は真っ赤でした。
ややすると身体全体がポッポと熱く火照って来ました。  

 二度と遣るまいと心に決めました。 ペッペッ 

 台北で本場台湾エステに行って来ました。
 可也高かったと思うのは私がケチなせいでしょうか。
 でも内容は凄かったです。

 バスで数人で出かけました。
 やや待って入った部屋は
 マッサージ室と云うよりも手術室でした。

 オプションを色々付けたので
 
 3人の先生がマスクを着け
 3台の移動ランプを煌々と燈し
 毛穴からピンセットの鋭利なもので脂肪を
 一つ一つ掻き出しているのです。
 
 痛かったー。

 世界中でマッサージを受けましたが
 台湾のエステは世界一徹底していました。
 凄かった。   
 でも、もう行かない・・絶対に・・楽しくない!

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(故宮博物院)
         
 故宮博物院に行きました。
 これがメインテーマです。

 北京は3回行きました。
 紫禁城は最高です。
 壮大な本物の中国の王宮です。

 でも、何も無い。
 中国三千年の宝物・美術品は何も無いのです。
 
 モヌケのカラです。
 革命時に台湾に運ばれ
 ここ台北の故宮博物院に展示されているのです。

 「翠玉白菜」ミゴトでした。
 感動しました。
 
 でも博物院はじめ
 台湾で中国に模した壮大な建物・建築物は
 皆セメント造りでチャチな物でした。

 石を刻んだ建築物は王朝だから出来た物で
 近代ではもう造れません。

 大陸と比較してワンセットで見ると面白いですね。
 台湾・大陸 一勝一敗でした。


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(圓山大飯店の客室ベランダからの景色)

 世界三大豪華ホテルと評判の圓山大飯店に泊まりました。
 凄かったです。

 天井が高い。
 ロビーだけで無く、客室の天井も高いのです。
 
 だから浴室・トイレの天井も高く
 浴室の広さだけで
 並のホテルのセミスイートルーム位あるのです。

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(圓山大飯店の客室・天井が異状に高い)

 こんな広い浴室は
 カナダのバンフ・スプリング・フィールドの
 お城ホテルしか知りません。

 国威を賭けた紫禁城のようなホテルでした。

 でもでも運営が悪い。 
 幾ら建物が立派でも客をゴミ扱いするのはルール違反。

 幾ら安く泊まらせていても客は客。
 朝の朝食時
 そんな狭い処に追い遣らないで呉れ
 御願いだから。
 
gaido
 (ガイドさん 日本にも仕事で来てください)
                    
 7日間お世話して呉れた女性ガイドさん頭良かった。
 ケシテ美人では無いけれど
 
 御尻が大きくて良いお母さんに成れそうな
 愛嬌のある人でした。

 台湾人の観光客を日本へ連れて行くツアーを
 幾度も自分で企画して実施したと聞きました。

 日本のツアーだと
 添乗員は付けても実施は
 現地旅行社にマル投げしています。

 彼女はガイドブックで日本を調べ
 例えば仙台のお祭りを主題材にして台湾人観光客を集め
 日本で観光バスをチャーターして自分で添乗します。 

 日本で三日間一緒に周った観光バスの運転手に
 「中国語巧いね、何処で勉強したの?」と
 真顔で聞かれたと云います。

 其れほど日本語が巧く
 日本で何処にでも居るお姉さんでした。

 若し日本で隣に住んでいたら
 誰も台湾人だとは思わないでしょう。

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 台湾は旧日本の植民地でしたが、
 対日感情はとても良く
 それも楽しく旅行できた理由の一つです。

 1944年大戦末期に
 米軍が沖縄の外に対日攻略の上陸地として候補に挙げたのは
 台湾とフィリピンでした。

 主要な将軍達が台湾を上陸目標に挙げたのに対し
 マッカーサーだけがフィリピン上陸に固執し押し切ったと云います。

 台湾は上陸戦無しで米軍が通過した処です。

 結果レイテを始めフィリピンで日本軍人50万人
 フィリピン人100万人の戦死者を出しました。

 でも若しフィリピンを跳ばして
 台湾で上陸戦が行われていたら
 
 台湾在住の日本市民や日本に同調する台湾人を含めて
 想像を絶する被害があったでしょう。


 そうなれば今の様な良好な対日感情など
 存在しなかったと思うのです。

 歴史の偶然ですね。

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(蒋介石の軍服・意外に小さい)

 カクシテ楽しい7日間はアッと云う間に過ぎました。

 ガイドさんが
 日本で如何しても馴染めなかったのは
 旅館の大浴場だと言います。

 同性でも他人に裸を見せるのは堪えられないようです。

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(夜の市場・東南アジアの匂いです)

 僕はビンロウ椰子の噛みタバコが堪えられませんでした。

 台湾南端のオーラン岬まで行き
 夏の暑い日差しと草の匂い
 台中の街で嗅いだ臭豆腐の匂い
 夜店の雑踏、昔何処かでみた懐かしいアジアの田舎の風景

 ツアー同行者の笑顔
 忘れられない人生のひとコマに成りました。

 若しかしたら
 旗を持って添乗しているガイドさんに
 日本で会えるかも知れませんね。

      

    それではまた後日


     

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(台湾 最南端)