Blog Book of Captainyama

76ヶ国の海外旅行記です。 1999年からの世界旅行を2007年6月までのセブ島滞在中に ブログにしたものです。

セブ島関連ブログ

ショートムービーを始めました。

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 先月ブログにも書きましたが

 セブ・ゴロルド・アヴェニューのレストランThe Wine Shop
 客層も良く、素晴らしいレストランです。


 先週オーナーに御願いしてビデオを撮らせて戴きました。

 昨日編集して50分の完成版とは別に5分間のweb版を作りました。

 内容はスペイン人の看板歌手のステージ・ミュージック・ビデオです。

 看板歌手の旧友がマニラからセブに来訪され
 友人がボンゴを敲いてステージを楽しんでいます。

 踊りだすドイツ人のオジサンも居ます。
 大変美人のフィリピン人歌手がいます。
 皆で楽しむレストランの雰囲気が伝われば成功です。

 看板歌手は話術が巧く

 この夜も
 誕生日 離婚 新しいボーイフレンド誕生の人は居ませんか。
 皆で祝いましょうと聴衆を笑わせていました。


  

 ザ・ワイン・ショップ是非行ってみて下さい。
 オーナーもミュージシャンもとても人柄が良い人達です。
 
 欧州人とセブの上流社会の顧客の多いレストランです。
予算はカップルで行く場合、大判ピザとワイン1本で1500円程です。

日本では考えられない金額です。

木・金・土曜日pm9時からライブが有ります。

  
   The Wine Shop
        


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           それではまた後日

  

park tower 防災訓練 セブ フィリピン

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 コンドミニアム パークタワーで防災訓練が有りました。

 フィリピンは銃器・火薬が犯罪に使われる国。
 防災訓練も爆弾テロを警戒したプログラムが有ります。

 予定の朝9時30分
 地下駐車場入り口で大量の爆竹を炸裂させ
 バンバン ドッピューン ボカボカボカ。

 驚いて窓を開けた住人に対し
 「早く降りてきて訓練に参加して下さい!」と呼びかけ
 階段を使い住人が降りてきました。

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(爆弾を予想した訓練)

 フィリピン人は訓練なんかカッタルクテしません。
 嫌々降りてきたのはフィリピン人。

 時間前に集ったのは欧米系白人 韓国人 
 日本人は僕一人でした。

 此処は高級コンドミニアムなので住人の7割はハウスメイドです。
 サーバント多数が参加しました。

 此処アヤラ地区は
 アヤラセンター、シティースポーツクラブ、パークタワーを含め
 セブホールディングが開発した商業・ビジネス地区です。

 防災訓練はセブホールディングの車両・関係者多数が参加しました。

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(訓練スタッフ)

 責任者が訓練の説明を始めるのですが
 言葉は英語 タガログ語 ピサヤ語で三回繰り返すのです。

 結局、英語とピサヤ語に落ち着きました。

 ハウスメイドは英語が出来ません。
 ミンダナオ島から来ている娘が多いですから。

 フィリピン複雑ですね!。

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 消火器を数台使いメイドさんに消火させます。
 メイドさんは楽しそうです。

 am10時に成るとスタッフは無料の食事を始めました。
 何か楽しみがないとフィリピン人働かないねー。
 外国人の方が真剣に参加しています。

 如何いう訳か最近フィリピンは大火が続いています。
 マニラもですがセブでも毎週大火事が有ります。

 不法占拠者地区が多い為
 密集した木造の家屋が多いのです。
 
 家屋と云う言葉では表現出来ない家です。
 トタンとボロ材木とベニヤと椰子の葉を編んだ壁パネルと
 一個5円の安ブロックで作った寝床だと思って下さい。

 天井は卵の空ケースや
 新聞紙にビニールを合わせた物だったりします。

 当然、路地は1m幅程の処もあり、車は入れません。

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 電気は盗電だったり超タコ足の配線です。
 水道もタコ足です。

 此処に都市人口の80%の人が暮らしています。
 セブでもマニラでも。

 
 フィリピンの田舎は広々として水牛が歩き
 空気はきれいで椰子の木が繁り
 海は青く、山は緑で、人は優しく

 時間がゆっくりと流れています。

 僕達、外国人が好きなのは斯ういうフィリピンです。

 でも其処で生活する人達は子供の教育 車やガソリンの購入
 電気や電話のある生活に憧れ
 現金が必要なのです。

 病気に成っても医者代も無い生活は厭なのです。
 
 現金 現金 現金、
 フィリピンには現金さえあれば
 全ての近代的 便利な商品が溢れています。

 テレビのコマーシャルは優雅な生活を流し続けています。
 現金 現金 現金さえあれば。

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 フィリピンと云う国は
 歴史の発展段階で言うと
 封建制まで到達していない「形を変えた奴隷制社会の段階」なのです。

 だから腎臓が売られているのです。
 学歴と能力がある人は外国に働きに行けます。
 彼等はエリートです。

 でも人間の輸出です。

 都会の親戚を頼って
 マニラ セブの都会に働きに来た人達の住む処はそうです。
 スクワッターエリア(不法占拠者地区)なのです。

 天国の田舎から地獄の都会へ。

 日本でも同じかも知れませんね。
 世界中そうです。

 そしてフィリピンでは大火事があり
 多数の子供達が逃げ遅れて焼け死ぬ!。

 紙と草とベニヤで出来た密集地帯の中で!

                 
 
 何かシテアゲタイと思っても、其処に手を入れたら、大変な事に成るのです。

 
 本当に大変な事に成ります。
 フィリピンはとても歴史の浅い国です。

 自分達の国は自分達で起していく
 克己心が、未だ育って無い人達には
 時間だけが必要なのだと僕は思います。

 防災訓練から何でコンナ暗い話に成ったのでしょうね。
 最近の大火事からでした。

 朝の爆竹から始まった防災訓練は一時間程で無事終りました。
 
 防災訓練楽しかったです。
 明日は何の訓練遣りましょうか。

 今日もセブの空は青く晴渡っています。
 三月・四月は一番暑い季節です。
 ジリジリ焼付く太陽の下で一時間

 今日も日焼けしてしまいました。

 金は無くともセブアノの顔は明るい
 太陽のような笑顔、今日の蒼空とおなじです。


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            それではまた後日


セブのセレブが来るThe Wine Shop ラテンの薫り

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(白ワインは お好きですか)

 セブの地元テレビ局でコマーシャルが流れる
《The Wine Shop》に行って来ました。

 ゴロルドAve、Taxiの運転手に告げると直ぐ分りました。
 Ayalaの近くです。
 我家からはTaxiで100円です。

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 注文、白ワイン1本・パイナップルとマンゴ各1皿
 カマンベールチーズ1皿で計740ペソ也(1850円)。
 音楽チャージは未だ無い様です。

 30坪程の店内、2坪の小さなステージです。
 此処から流れ出すラテン音楽が凄い・スゴイ・凄すぎる。

 自称スペイン人のメインsinger
 リッキーマーチンのラテンナンバーを次から次へと歌い出しました。

 唸るようなラテンの発音 小さな身体が共鳴して 
 絞り出されて来るビブラート、僕の心臓はパクパクしちゃいました。

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 二年前ニューヨークのセントラルパークに夕方行くと
 サンバやルンバの踊りのサークルが一杯でした。

 中米・南米からスペイン語を話す人達が大量に流れ込み
 デパートの食堂でもスペイン語が溢れていました。

 ハーレムの黒人地区は小奇麗に成り、職も得られて
 黒人問題はニューヨークでは解決済みの様に思われました。
 だから・・Jazzは・オワッタ・・! 

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 最下層のラテンの人達の文化
 Jazzよりもソフィストケイトされた音楽 ラテンが
 21世紀の最初の四半世紀に流行る!
  僕はそう思っています。

 此処フィリピンの人達はJazz(英語)の発音が最高です。
 一方で300年間のスペイン植民地の歴史も有ります。

 フィリピン語の中にもスペイン語が沢山入っていて
 地元の人はそれを知らずに使っています。

 元々は中南米と同じラテンの血が流れている人達なんですね。
 だからフィリピン人が歌うラテンも巧い

 だけど本家のスペイン語の音楽は凄い スゴイ 凄すぎる。
 たぶん《The Wine Shop》で唄っている
 彼(自称スペイン人)の技量に負う処が大きいのでしょうけど凄い。

 僕は興奮します。心臓パクパクしました。

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(看板シンガー)
             
  夜も12時を過ぎた頃
 赤いポロシャツを着た30代後半のハンサム な紳士が
 スッと入ってきました。

 5~6人の友人と待ち合わせをしていたらしく
 テーブルに着いて楽しく会話が弾んでいる様でした。

 (アレッ何処かで見たこと有るなー)と思っている内に
 誰かが一緒に写真を撮り始め
 暫し写真タイム。

 よく見るとセブ市のバイスメイヤーでした。

  階級社会であるフィリピンの政治家は
 名家の出身者が選ばれます。

 彼も血統証付きのサラブレットなのです。


  オーラも有るし普通のオジサンでは有りません。

 日本人の観光客や独身の駐在員がいくレストランは
 日本食レストランか綺麗なオネーサンが居るお店です。

 でも折角セブに来ているのだから
 現地の地元の洗練されたレストランも如何でしょうか。

 最近はフィリピンの経済事情も好転して
 (教養有るプチ上流層)も形成されて来ており
 今後に期待が持てる時代になって来ました。

 The Wine Shop 
 音楽演奏は 木・金・土曜日限定で夜9時~夜中2時迄です。

 かくしてワイン1本を飲み干し
 些か二日酔いの頭で此のBLOGを書いています。
 《The Wine Shop》Latinミュージック
 心臓パクパク謂うか否か特と御覧あれ!  

 パクパク謂わなかったら如何するかって? 
 
 ・・僕のワインの飲みすぎだと思って諦めて下さい。


       それではまた後日 

 

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(ワインの在庫がいっぱいです)

Jazz’n Bluz チャリティー イン セブ

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(JAY)

 セブ市アヤラに在るジャズレストラン Jazz’n Bluzで
 3月7日チャリティーコンサートが有りました。

 出演はJayとYuka Kamebuchi 日本人です。
 夜9時から始まり、会場は満席でした。

 音楽好きのセブ市副市長も駆けつけてジルバを踊り
 会場は大盛況の内にフィナーレを迎えました。
 お客さんは60%が日本人でした。

 Jayって知ってますか。
 ゴスペルを唄っているYuka Kamebuchiは知って居ましたが

 Jayは知りませんでした。
 久保田 利伸と郷ひろみを足して割ったような歌手でした。

  ドンナ歌手だい ?。 

 彼はニューヨーカーの臭いがしました。
 日本人でも無く、フィリピン人デモナク、アメリカ人でもない。

 ニューヨークで生きる日本人コミュニティーの臭いです。
 第三の人種の文化って分かりますか。

 僕はセブで生きています。だから分かります。
 英語を話し、英語で考える、フィリピン人でもなく、日本人でもない
 第三の人種、無国籍人種でもないのです。

 コスモポリタンと云う単語が近いような気がします。

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Yuka Kamebuchi)


 kamebuciさんはJayとは違いますが元祖コスモポリタンです。
 強烈な個性でした。

 日本の歌「朧月夜」をレパートリーの中に入れていましたが
 フィリピン人にも受けて居ました。

 音楽の中に民族性を入れると楽しいですね。
 時には個性的 民族性を取り入れた唄も聞きたいですよね。

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 ちょうど来ていたアメリカ人のサックス奏者が
 高齢のカメブチさんに尊敬の念を込めて挨拶して居たのを見て
 「本物は分かる人には分かる」んだと思いました。

 Jazz’n Bluzは
 何時もはフィリピン人のミュージシャンで演奏しています。

 英語のJazzはフィリピン人の方がズットズット巧いです。
 此れは絶対かないません。

 加えて、人件費の安いフィリピンは
 jazz restrantが営業として成り立ちます。

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 日本では無理です。

 チップの有るアメリカでも可也きついと思います。
 だからフィリピンのミュージシャンは場数を踏んでいるのです。

 それで巧い、サービス心がある。
 御客さんもノリがいい。
 音楽好きの僕としてはセブにいて良かったと思っています。

 そして今日のコンサート
 コスモポリタンな音楽を聴けてラッキーでした。

   YukaさんJayさん来年もまた是非来て下さい。
  
 楽しい一時を有難う
 日本が少し恋しくなりました。
      

         それではまた後日
     

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セブ SMモール Tokyo Joes 知ってますか

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 セブのショッピングモール SMにトーキョー・ジョーズと云う日本食レストランが昨年オープンしました。

 フィリピン人の経営でフィリピン人のデザイナーによる店造りです。
ニューヨークでも日本人以外の経営者による日本食レストランが流行しています。

 来客数はニューヨーク同様セブでも、純粋日本人経営の日本食レストランに軍配は挙がって居りますが、其のデザイン性・発想は日本人の到底及ぶ処では有りません。

 ニューヨークの其れが若し青山に出店したら、セブのトーキョー・ジョーズが渋谷に出来たら、ドレダケ流行るか?。実用一本の吉野家に遊び心が有ったら、寿司屋がもっと御洒落だったら、日本の食文化はもっと楽しく成るのに!と思いませんか。

 「失われた15年」の間に全産業が余りにもコンサバティブに成り過ぎたとは思いませんか。外国を多く旅してみて画一化・合理化一本の日本のデザインに僕は魅力を感じません。

 日本の独自性をもっと違う視点で、外国人の視点で掘り起こしてみたら楽しいのになあーと僕は思います。

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(アジアから見たTOKYOのイメージ)
  
 マンハッタンで台湾人経営の日本食レストランに行きました。
吟醸酒が4種類のセットで出され、確か20ドル位だったと思いました。

 吟醸酒ってお米のワインですね。其れならアッサリメの白ワインで御寿司は充分美味しく戴ける筈だし、吟醸酒セットって其の侭寿司屋のメニューに戴けませんかねー。

 アボガド巻きって意外とイケルンですよ。外人さんが捻った物をもう一捻りしてみるとゲテモノが意外と化けるかも知れませんよ。

 今や世界中に日本食レストランが有ります。ケニアにもカイロにもバクダッドにもメキシコシティーにもリマにもバンクーバーにもコスタリカのサンホセにも、勿論モスクワ・パリ・ロス・ニューヨークにもありました。
 伝統に胡坐をかく事なく、本家日本食も変ってみては如何でしょうか。

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 SMのトーキョー・ジョーズ如何ですか、価格は日本人経営のお店の半額です。
 接客や経営に未だ改善が欲しい処が沢山あるお店ですが、同じ様な課題を抱えても胡坐をかいて十年一日の経営をしている日本人経営のレストランも有るのですから、トーキョー・ジョーズの健闘を期待したい処です。

セブに御住まいの方、日曜日に御家族でお出かけに成ってみては如何でしょうか。
           
          それではまた後日
   


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さらば ネットカフェのオバチャン セブ アヤラモール

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(アヤラセンター3Fのインターネットカフェ)

      
 PLDTのインターネット接続が8日間使用不能になり
 セブ・アヤラモールのインターネットカフェに通う事に成りました。

 フィリピンではヨクアル事らしいです。
 初めて使ったInter net cafe 其の事情を報告します。

 場所はアヤラモール3F、GLOBAL VILLAGE
 公文式の子供教室とPC部品販売を兼ねて営業して居りました。

 利用価格
A  50ペソ(125円)/時間 1パソコン1モニター 
B 35ペソ(88円)/時間 1パソコン3~4モニター・ユーザー分割でした。

 Aは新しいPCですが
 Bはキーボードが磨り減って見えない処が有ります。

 PCドキュメントは利用の度に消す事は無く
 数年間分の個人文書が残っていました。

 履歴書やら推薦文、会社の仕事を此処でやって
 機密文書は其の侭残して帰る、何とも信じ難い状況でした。

 日本語入力出来ると言うPCを使いましたが
 結果出来ませんでした。

 その前にキーボードが磨り減って見えない。
 1台1000円位ですよねーキーボード
 買ってくれよーお願いだから!。
  
 日本語入力出来ないとドウナルカ
 メールは当然ローマ字書き込み
 グーグル検索は日本語をキーワードとして打ち込み出来ません。

 此れには参った お手上げだった。
 WEBサーフィンは先ず
 英語表記の日本ページを見つけてから手繰って手繰っていく。

 8日間此れをやって大分上達出来ました。
 それと思わぬ発見も有りました。

 韓国語のページなんて普段皆さん閲覧しますか
 僕は初めて検索しました。

 例えば正体不明の歌手《森田童子》
 韓国でも人気が有るらしく検索できましたが
 正体不明では有りませんでした。

 日本語のメディアは正体不明でコントロール出来ても
 韓国語メディアまでは手が回らないのでしょうね。
 言葉って面白いですね。

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 フィリピンで発行されている《マニラ新聞》

 日本語だから辛らつにフィリピンの汚職の実態を報道出来るけれど
 英語やフィリピン語だけで書いたら絶対に ゼッタイに
 200%発行禁止ですね。

 其の前に記者全員 発行者も含めて暗殺されます。
 間違いないね。

 ある日、軍の特殊暗殺部隊が新聞社を襲撃して全員射殺して
 『通報が有って来て見たら此の惨状だった、
 今捜索中です、目撃者がいたら名乗りでるように!』

 此れで全て納まるのがフィリピン。

 ニノイアキノのマニラ空港暗殺事件 結局犯人は霧の中
 フィリピン人は可哀想だと思いませんか?。

 マニラ新聞の記者の皆さん
 日本語新聞に就職出来て良かったですね。


 新聞記者の暗殺件数フィリピンは世界一ですか?
 否2位だって、同じ様なものです。

 僕は日本語でしか書きません。怖いから!・・  
 スイマセン嘘つきました。
 英語では書けません、見栄張って御免なさい。

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(オバちゃんのアシスタントさんです)

 かくして8日間アヤラのカフェで過ごし
 復旧したネット接続で此のBlog書いています。

 初めてカフェに行った時、怖かった受付のオバチャン
 毎日5時間も通っている内に馴染になり
 僕が何時も使うPCを確保していて呉れる様に成りました。

 セブアノの家族の様な笑顔いいですねー。
 文句謂い乍もセブに居るのは
 日本には無い此の笑顔の故なんでしょう。 
 
   さらばネットカフェのオバチャン 笑顔をありがとう
     
      
    それではまた後日
       

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(アヤラモール・セブの高級デパートです)

エチオピア カフェ セブの自家焙煎珈琲店 美味い

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(エチオピアカフェ 外観)

 毎度のように愛車チャリンコ(メルセデス号)で
 アヤラパークを散歩していました。

 僕は見つけチャイマシタ なにを? 
 自家焙煎の美味しい珈琲屋さんを!

 初めて行った時 ウーン美味しい 此処はセブ? とは思いました。
 3度目に行った時、何やらシャッ・シャッ・シャッ・シャッと音がして
 カウンター内で何かやって居ます。

 其のうち甘い匂いと焦げた様な匂いがして来ました。
 20分近く続いて居るので、マサカと思って覗いてみると
 ナッナーント珈琲豆を自家焙煎しているではないですか!。

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(キリマンジャロの生豆を使っています)

 生豆はキリマンジャロだけですが
 日本から持込んでいると云います。

 経営者はフィリピン人のママさんですが
 日本語が少し出来、マニラ新聞が2部置いて有り
 日本人の常連さんが結構多いようです。
   
 鋳物の小さい焙烙ですが、80㌘づつ焙くとの事です。
 古くなった珈琲豆も隠してチョット焙いてましたが
 隠す事ないですよ!。

 少し湿気って香りが弱くなった珈琲豆も
 軽くダブル焙煎すると見違えるほど美味しく成ります。
 
  但し呉れぐれも焦さないように!。

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(焙煎度合いはフルシティーロースト)

 日本人の御客さんは日本のレベルの珈琲が飲みたいもの
 然も年配の日本人は
 昔のコクのあるネルドリップの珈琲の味を知っています。

 其処で自家焙煎
 値段は一杯100ペソ(240円)

 セブのショッピングモールでの40~50ペソと比べると
 少々割高ですが日本語新聞が読め、日本の雑誌も読め
 NHK国際放送も見られます。

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(焙烙の焙煎道具)

 コクの有る本格的珈琲も味わえるエチオピア・カフェは
 在住日本人には貴重な存在だと思いました。

 場所はサミット通り(アジアンサミットの街路灯が設置された道路)
 とマリオットホテルからの道の交差点です。
 古い在住者に聞くと皆さん知っています。
 
   今日はセブの喫茶店の宣伝をして終わります。
              
      それではまた後日

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(エチオピアカフェ 店内 私のチャリンコが見えます)
     

セブブログのリーダー 居酒屋Naoki 潜入撮 猿は居たか

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 昨年11月にセブでインターネットを入れてから最初に見つけたのが
 (ブログ 居酒屋Naoki)でした。

 神楽はお風呂を含めて何度か行った事が有ったので
 アアーあのお店かと直ぐ分かりました。


  川柳の様な高級日本食レストランかと思ったら
 典型的な日本の居酒屋、それも超大型の。

 メニューも多い、値段も手頃、競争相手は大変だなと思いました。

 近くの日本食レストラン(チロリン村)同様
 スパも併営しているのはセブ島の流行なんでしょうか。
 あくまでもレストランが主体だと云うのがセブ島方式の様です。


 此のブログの面白い処はその語り口調

 厨房からカウンターのお客さんに話しかける距離感でトントンと
 客を逸らさず持っていくテンポの良さ

 長い在比期間に得た雑知識
 フィリピンのように特別な国は日本人にとっては
 (話の種には困らない処)なのかも知れません。
   


 ニューヨーク・マンハッタンのレストラン街では今
 ブログ戦争の真っ盛りだと聞きます。
 各レストランが其々にブログを書き
 御客が其れを見て来店すると云う事です。

 サンフランシスコでもマンハッタンでもチップのある国では
 即興ででも客を喜ばせる試みはドンドンやっていました。

 今ブログと云う形式が現れ
 米国人が其れを利用しない手は無い筈です。
 ブログの可能性と限界、よく見てみたいと思います。


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 処でNaokiさん毎日ブログを更新され
 それも2000字近い文章、もう300回以上発信され
 尚且つ面白い、居酒屋の仕事も責任を持ってこなしている。

 素晴らしい、ワンダフル、ご苦労様です。
 いつもスタッフの事を猿 猿 猿軍団と云ってましたが
 スタッフは皆美人で猿は居ませんでした。

 若干、お風呂の受付に以前居た様な記憶も有りますが
 多分僕の見間違えでしょう。


 矢張りブログは書き手と読み手に
 共通の経験が在ってこそリアリティーがあって面白いのでしょうね。


       

    それではまた後日
             

  追伸

 現在、2008年10月ですが。もう既に3年ブログを書き続けられ
 今年中に1000回更新 
 噂ではアクセスも月 3万アクセスを突破するとかしないとか!

  すっかり『お化けブログ』になってしまった様です。

 おめでとう御座います。

  脱帽!!!


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(神楽 メニュー)

サントニィーニョ Hot Hot セブ

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(セブ シノログの お祭り)

  
 フィリピン、セブでシノログfestivalが21日まで開催されました。
 今日が最終日
 ビデオカメラ片手にオスメニア広場に馳せ参じました。

 マゼランが400年前にセブに来た時
 キリスト教布教と併せて置いていったと言う幼きキリストの人形。

 それを納めたセブ最古のサントニィーニョ教会の御祭です。

 人 人 ひと ヒト 人。
 なんて多いんだ、それも若い。
 参加者の中心は小学生じゃないのか、

 12~13才。
 うらやましい、日本にコンナに子供はいないぞ
 爺さん・婆さんばかりだ。

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 (地元に根ずいています)

 札幌の《よさこいソーラン祭り》も若いがそれでも20歳台が主体
 此処はローティーン。
 人間が民族の財産だと云うのを実感します。
 
 日本はもう駄目だね!。

 広場から歩いた 歩いた 歩いた アルイタゾー!。
 僕がクタクタなんだから参加した此の子達は大変だ。
 30度℃のセブで、北緯10度で!。

 若くなきゃ出来ない、爺さんじゃ死ぬ。確実に!。

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(色鮮やかな民族衣装)
         
 サントニィーニョ教会まで歩きました、コロンを通って。
 コロンは相変わらず臭い、汚い、眼つきが悪い
 でもバナナは安い。

18本で36ペソ、一本2ペソ(約 5円)、蜜柑も安い、マンゴも安かった。

 教会は人で一杯、先に進めない
 ローソクの煙り、殺気立ってない《三社祭り》状態。

 もう諦めた、TAXI拾おう、交通規制で車は走ってない。

 コロンの外に出ました。
 サンペドロ要塞を過ぎても空タクシーなんて居ない。
 30分手を挙げ続けた、車は渋滞で動いていない。

 ショウガナイ歩くか、安いバナナとマンゴ、買うんじゃなかった。

 ビニール袋が手に喰い込んでくるよー。
 Never Give up 今日も 明日も
 衝突するまで眼は開ける(captainyama 標語)。

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(みんな御祭りが大好きです)

 それにしても此の4ヶ月
 サミットの為の大道路工事と2回のサミット、クリスマス
 シノログと交通規制と渋滞
 フィリピン人辛抱強いねー、本当。

 結局 タクシー拾えたかって ひろえたよ!
 だから今blog書いてられるんだよ。
 バナナ片手に!  
        

           それではまた後日
      
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日本から持ち込んだ物

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(日本から持ってきた珈琲ミル)

       
 朝起きて眠い眼を擦りながら
 居間の電気スイッチをいれた途端《ボカーン》何が起きたのか

 撃たれたのか
 伏せようか『何だドウシタ』とオロオロして息を呑んでいると
 足元に僅かのガラス片が見えました。

 天井を見上げるとシャンデリアのランプが一個吹っ飛んでいました。

 240Vのフィリピンで
 4個セットのシャンデリア電球を買うとこう成ります。

 それから我が家の電燈は
 全て(シャンデリア型電球色蛍光灯ランプ)に換えました。

 日本で普通に使っていた電気部品は全て高級品だったんですね。

 世界の常識日本の非常識でした。
 電球ガラスが凸凹してるのって見たことありますか。

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(変圧器・整流器 必需品です)

 日本から電気製品を持ち込む事になると変圧器が必要になります。
 SMショッピングセンターに行くと
 100種類位の変圧器が売っています。

 廉価は1000円から高くても一万円位まで多種多様
 日本では必要ないですよね
 非常用バッテリーの内蔵したものまで。

 そう謂えば停電しょっちゆう有りますよ。

 静圧器まであります。
 夜中に冷蔵庫のコンプレッサーの音で眼を醒ますと
 ベッド脇のランプシェイドが明暗繰り返しているの見たことありますか。

 Bad冷蔵庫、それしか売ってないのか!(怒)。

 61inchのテレビ買っても之じゃあテレビがモタン!(驚)。
 テレビ買う時に言って呉れよ!(泣)。
 日本の常識世界の非常識?。

 まあまあ驚くこと沢山在りますけれど
 最近では驚きを楽しみに変える事も覚えてきて
 ダイブ大人になりました。

 何処の国にも良い処と悪い処有りますよね。

 心の(静圧器・変圧器)売ってたら良いですね。
can you give me some discount! 
         

           それではまた後日。  

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(空気清浄機・日本からもってきました)  
        


セブ日本人会

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 セブのマンダウエイ市にセブ日本人会があります。
ホテルやレストランで見かける《セブ島通信》の発行元です。

mandaue ML Quezon St の住所を手懸りにTaxiの運転手に頼み探した・捜した・さがした! 

 場所はA.S Fortuna Stから近くで日本人駐在員の通勤路の途上近くに有りました。フィリピン独特の無計画で曲がりくねった道をグルグル廻ってClotilde Bldgを捜しました。

 彼方此方で聞き、ここだと見上げると(ナント立派な高級ビル)。Japanese associationと告げるとガードマンが案内して呉れました。

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 高級オフイスビルの上階にテナントとして入居しており、日本人会だけで無く商工会議所・日本人学校の教室も併設してあります。

パンフレット類も豊富に置いて有り、清潔で事務員の質も高く丁寧でフレンドリイに応対して呉れました。半分は学校関係の施設で日本人の女性の先生ともお話が出来ました。

 会員300人程の日本人会にしては大きな施設なので、日本政府からの援助もかなり有るのだろうと思います。 

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 一階にはマニラ新聞の事務所と図書館を兼ねる30坪程の喫茶店が有りました。
 図書は新旧可也の量があり、日本ではもう入手出来ない様なフィリピン関係の本も置いて有ります。

 何時間居ても放っておいて呉れるし、お腹が空いたら食事も注文出来ます。
 retireeには天国のような場所です。毎日でも来たいが我が家からは遠い。
 機会があったら是非また行きたいと思いました!
      

         それではまた後日
      
PICT1027
(事務所はキチット整理整頓されていました)

61inch TV


PICT1304
 (コンドミニアムにある61インチTV  当時80万円しました)  

  僕が生まれた時テレビは未だ有りませんでした。
 5歳位の時それは初めて姿を現しました。

 母に『かあさんテレビが欲しい、テレビ・テレビ!』すると母は
 『ラジオをズーット見てるとテレビになるから一生懸命見てなさい』
 と言いました。

 僕はズーット見ていて1週間程して
 『母さんラジオまだテレビにならなよ!』と云うと
 『未だ見方が足りない』と怒られました。

 僕はそれからまた10日程真面目に見ていましたが
 一向に変わる兆しもなく
 何時しかテレビの事は忘れてしまいました。

PICT1460

 大学生になった時初めて自分のテレビを買いました。
 白黒でした。

 それから家庭をもちビデオが現れテレビもカラーに成り
 14インチから29インチへと出世していきました。

 今やinternetの時代になり
 情報は縦の伝達から利用者相互の
 横の伝達に替わりつつ有りますが

 未だコンテンツの質がそれに追いついておらず
 当分はテレビのお世話になる事と思います。

PICT1482
(フィリピン ローカルのビデオです)

 コンドにホームシアターを造り
 SM・AYALAで150ペソのVCDを大量に買い込み
 毎日ビデオ三昧の日々を続けています。

 ライブラリィーは何時しか300本を超えていました。
 フィリピンのビデオプレイヤーはNTSC.PAL何でもOKです。

 ヨーロッパで買って日本で視聴できずに
 悔しい思いをしたDVDも此処では存分に見られます。

PICT1490

 黒澤も日本から持ち込んだし
 フィリピンのローカルの映画俳優にも詳しく成りました。
 でもそろそろ飽きてきた今日この頃です。
        

                 それではまた後日


 PICT1450
(VCDが300タイトルあります)
      

ストラディバリウス ? model

PICT1401

        
  楽器三流、腕は五流、いやはや腕は問題外でした。

 13年程前

 娘がviolinを習う事になり、私もついて行きました。
 面白そうだったので、先生に頼み込み
 二人で一時間のレッスンを毎週受けることに成りました。

 子供は6歳からピアノを続けていましたので全く問題無いのですが
 私はカラオケもやらない無粋で過してきましたので
 30分のレッスンはモウ・モウ大変でした。

 指の毛を剃っていかなかったので
 若い綺麗な先生に『キャーッ』と悲鳴を上げられました。

 ここで生来の負けん気が眼を覚まし
 夜9時から12時まで毎日 毎晩

 台風の日も例え停電の日も、正月も38度の熱があっても
 3時間の練習は辞めませんでした。

PICT2475

 その結果先ず朝起きると指が動かなく成りました。
 左指関節が時々外れる事も起きました。
 次にマッチョに成りました。

 背中左半分の筋肉が毎日転げ回る程痛み
 そして一年後左半身ボディービルダーになっていました。
 カッコイイ!

 肘関節から下がポパイのように太く成りました。
 思わず知らず’夏木マリ’のように指を動かす癖がついて
 周りから気持ち悪がられるように成って居ました。

 レッスンの課題をしっかりこなし
 数学のように計算して練習してました。

 楽譜は指番号を書き込んで真っ黒!。
 今日も完璧・満点だね。
 なにせ週20時間・月100時間の練習時間なんだから

 『プロ並みだね・・練習時間だけは!』
 と云われるように成っていました。 
 エッヘン (自慢)

ust-27
        
 そして3年が過ぎ
 娘は練習もせずに行くものだから
 附いて往けなく成りとっくに辞めて居りました。

 私だけが一時間のレッスンを毎週受けていました。
 ある日娘が2年前一緒に習った曲を拙い技術でしたが
 即興で弾いてくれました。

 でも、でもですよ、でも
 その曲を私はまったく弾けないのです。

 つまり楽譜が無ければメロディーが全く頭に浮ばないのです。
 《脳が死んでいる》
 それで私はviolinを辞め時々音色だけを楽しんでいます。

 綺麗な先生サヨウナラ!
 曲の弾けないマッチョで終わりました。

 その後二年懸けて小型飛行機の免許も取り
 五年で76ヶ国を走り廻り
 この一年は暇さえあればパソコンを叩いて居ます。

 漫画の様な人生だけれど、それは後日またゆっくりと! 
 夜はアーチ型天井にプラネタリウム homestarを映して寝ています。

 
 これがまた良く眠れるんだ!
         
           それではまた後日 

      
メール用写真 003
(友人の画家さんが描いてくれた私のバイオリン演奏絵です)

Mickiy’s Cafe 私の隠れ家

PICT120-y
         

 セブcity-アヤラにいきつけのお店があります。

 オーナーはミユキさん日本人女性です。
 彼女はいわゆる 第二世代の日本人経営者です。

 日本人旅行者や駐在員だけでなく
 現地フィリピン人富裕層を営業対象に取り込んでいます。

 彼女の人間的魅力に惹かれて
 沢山のフィリピン人マダムがお茶をしにきています。

PICT1209


 ”Hi Miyuki”とニコニコして入ってくる二人ずれのマダム。
 来る度にcakeやwineを値切って買っていく空軍のパイロット。

 フィリピン人も色々だなあと思いながら

 週に幾度か我が愛車のチャリンコ メルセデス号でcakeを頂きに来て
 city sport clubのpoolで日焼けして帰るのを楽しみにしています。

 未だ一年程の営業ですが
 フィリピンの手垢の着いていない若い経営者が
 活躍の場を拡げていくのを僕は期待しています。

          ミッキーズカフェ大好きな御店です!。

        

          それではまた後日
        
PICT1202
(ケーキは日本式の甘さ控えめです)

セブビジネスパークの決闘

PICT1095
(愛車チャリンコ  メルセデス号) 

 2年前、セブビジネスパークに住んでいる僕は
 毎朝、カッコイイ・イタリヤ製の小型の自転車で
 公園をツーリング散歩していました。

 警察署の裏辺りに差し掛かると
 セブ独特の毛の無い赤犬が
 道端に寝ていました。

 僕の自転車が
 多分余りに小さかったので怪訝に思ったのか
 赤犬は突然起き上がり

 自転車の側面からウッウッ
 ウッーと牙をむいて走り掛かってきました。

P1020397
(開発を待つセブビジネスパークの空地  中央の空地が決闘場)

 僕は驚いて走り去りましたが翌日其処を通りかかると
 同じ赤犬が居て飛び掛ってきました。

 とっさに避けて走り過ぎましたが
 200m程過ぎてからムショウに悔しくなり

 止せば良いのに
 生来の負けん気の強さで引き返しました。

 近づくと赤犬も起きだしてやってきました。
 僕は片足を地面につき
 赤犬と向かい合いました。

 にらみ合いが続き
 僕は自転車のベルをゆっくり鳴らし
 戦闘態勢をとりました。

 チリン チリン チリン チリン・・・
 自転車を盾にして
 赤犬を絞め殺してやる!。

 多分1分以上が経過したと思います。

 赤犬は僕の不気味な殺気に怖気ついたのか
 面倒くさいコイツ!と思ったのか。

 引き上げていきました。

 翌日も通り掛かり
 ゆっくり片足を地面について
 チリン チリン と誘ってみました。

 赤犬は僕の眼を見ず
 やや経って去っていきました。

 『勝ったね!』ふっ ふっ ふっ

yama 023
(セブ島には野良犬が沢山います  もっと大きな犬でした)

 数日後には
 赤犬はその近辺には
 二度と現れなくなりました。

 何処に居るのかなー戦友は
 と思いながら帰国してから
 フィリピンの狂犬病の事情を知りました。

 皆さん 僕の今の心境 
 お分かりになりますでしょうか。

 ヒャー  
 2度と公園の散歩はしないと心に決めました。

 僕ってオバカサンでしょうか ! 

 ・・ ですよね・・・

yama 133
(セブ市役所前のマゼランクロス  観光地です)
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