Blog Book of Captainyama

76ヶ国の海外旅行記です。 1999年からの世界旅行を2007年6月までのセブ島滞在中に ブログにしたものです。

南米

夜のハバナ湾 僕は此処に浮ぶのか

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(ハバナ湾の側に建つコヒバホテル・キューバの高級ホテル)

            
 好奇心旺盛のcaptainyama
 往くなと言われるとイキタクナル性分で
 もうダメかと思われた事もシバシバ有ります。

 例えばキューバのハバナ
 共産党本部の近くに有るビルの地下一階
 大きなディスコが有りました。

 ビール片手にテーブルにつき
 サルサを楽しんで居りました処。

 時間は夜11時を廻って居りました。
 地元のカップルが三々五々集って来て踊りも真っ盛り
 ワァーッ本場のサルサだ楽しいなと自ら御満悦の時
 ナオミ・キャンベルに良く似た身長170㌢の色黒の美女が現れました。

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(御存知 高級キャバレー トロピカーナ)

 「コーラ奢って呉れる?」 と聞くので
 what's problem! 10ケースでもOKだよ! と座らせ話を聞きました。
 モードモデルの大学に行って居ると言いました。

 踊ろうかと手を取り
 ニワカに覚えたサルサを踊り楽しい時間が過ぎて往きました。

 ヤヤ有って、彼女の知合いの処に行く事になり
 タクシーを拾い走り出しました。
    
 夜のハバナ、大使館街を過ぎ
 ヘッドライトには家々が写り、蒸し暑い風が頬をなでてゆきます。

 すると序々に段々家が無くなり
 車は無人地帯へと進んで行きました。

 シマッター とうとう遣ったか 
 やっちまったーと思っている内に
 車は一軒の大きな家の前に止まりました。

 タクシーの運転手がクラクションを鳴らすと
 ドアがゆっくり開き
 其処から出て来たのは額を剥き出しにしたナンと
 マイケル・ダグラス似のニヒルな男。

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(ハバナ湾のスペイン時代の要塞)

 ワァーッもう駄目だー 
 僕のツマラナイ人生が走馬灯の如く浮び

 明日僕の死体がハバナ湾に浮んだら、如何か証言して呉れよなー
 との願いを込めて運転手に多額のチップを渡し
 僕は連行されるように家に入って行きました。

 室内には20代と50代の女性が眠そうに起きだしてきました。
 ワッーァ此処はそういう処だったのか。

 心臓が背中から後方に引っ張り上げられる感じ
 判りますか。
 心臓パクパク、足は地面を感じない状態です。
           
 結局此処はバックパッカー用の木賃宿で
 女性達はオーナーのマイケル・ダグラス氏の奥さんと娘さんと判り
 特に此のダグラス氏、飛切りの人格者でした。

 僕の泊まっていたコヒバHotelはハバナの超高級ホテル
 此処は20ドルだから移っておいでと
 親切にアドバイスして呉れました。
 
 それで・・お楽しみは・・如何でしたかって?。

 其れどころじぁ無いよ
 心臓の筋肉が疲労で止まりそうだったよ。

   きちんと正座してました!。・・本当です・・
      
   それではまた後日
                


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(郊外に行くとスペイン風の教会があります)

マチュピチュ温泉一度は御出で

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(御存知 マチュピチュ)

      
 ペルーの首都リマから航空機でクスコに向って上昇して行く途中
 窓からアンデス山脈の太平洋側を見ました。

 高低差を付けた立体地球儀では
 此の地帯が紐状に盛上がるように膨らんで表現されていますが
 実際に見てみると将に此の通りでした。

 海岸線から程無く
 4,000mの山脈に地形がせり上がっているのです。
 巨大な滑り台のようです。

 久し振りに感激しました。
 地球儀を創った学者って偉大ですね、尊敬します。

 マチュピチに行ってきました。
 2300mの都市遺跡、此の地帯は林のように
 尖がった山々が散在する処です。

 其の中の一つ、発掘が進んだ場所がマチュピチュ遺跡です。

 今後周りの山の発掘が進むと
 マチュピチュは遺跡群に為るのでしょうね。

 ツァーグループ間の連絡係りをかって出て
 100m程駆け足をしたらもう大変、目の前がブラックアウト
 酸素が薄いんですね。気が付きませんでした。

 此処で2日間ゆっくりピクニックして
 マチュピチュの中央広場やマチュピチュ温泉楽しんできました。

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(マチュピチュ温泉はこの先を行った処にありました)

 マチュピチュに温泉があるの知ってましたか。
 日本の温泉とは違います。
 泉温も余り高くなく、底に石を敷詰めたプールみたいなものでした。

 大きさは15mと10m位のプールが数個ありました。
 ゲストは外国人20%位で現地人多数、水着を着て入ります。

 一緒に旅をした大工の棟梁源さん。

 海パンを持たず下着のパンツを使ったからさあ大変
 帰路はズボンの下に濡れたパンツを履いて
 蟹股歩きになってしまいました。

 彼は正直者で生一本の大工の棟梁
 無骨で人情家でオッチョコチョイなナイスガイ。
 忘れられない好い人に為りました。

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(ナスカの地上絵 セスナから写す)

 マチュピチュ遺跡にはリャマと云う首の長い
 駱駝を小型にしたような動物が放牧されています。
 草食です。

 僕と一緒に遺跡を散歩していた棟梁の源さん

 草を沢山拾い集め、飼い犬に餌を与えるように
 「ホレ喰え・ホレ喰え」と草を持って
 リャマに近づいて行ったではありませんか。

 10mが5mに近づいた時
 リャマの眼は断末魔の猫の眼のように
 瞳孔がカッと開いて非常に危険な状態になりました。

riyama
(これが リャマ です)

 善良で疑いを知らず、其れでも近づく源さんに対して
 次の瞬間
 リャマは源さんの顔面に目掛けて胃液攻撃を仕掛けて仕舞いました。

 近くにいた僕はアッアッアッと源さんを助ける間もなく
 自分が胃液攻撃を避けるのが精一杯でした。

 リャマが危険だと云う事は知っていたのですが
 一瞬の出来事でしたので
 源さんがリャマに近づくのを止められませんでした。

 リャマの胃液はひじょーーーに臭く、粘りが有り
 持っていたティシュペーパーを全て彼に差し上げて
 彼から離れて見ているしか有りませんでした。 
     
   源さん御免なさい!

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(ヤッホーボーイ)
               
 マチュピチュ遺跡をバスで降りて来る時
 あの有名な元祖「ヤッホー・ボーイ」を見ました。
 他の国でも見ましたが、此処が元祖です。

 山を廻り乍降りてくるバスに対し
 直線で駆け降りる6歳程の可愛い男の子

 終点でのチップ・お駄賃が目当ですが
 家族総出のチームでやっています。

 生活が懸かっているのです。
 終点では「ヤッホー・ボーイ」はバスに乗り込んで来て
 写真タイムです。

 此処でも源さん
 孫のような年齢のヤッホーボーイを抱きしめ
 お菓子を山のように与えました。

 可愛い・可愛いと離しません。
 子供は営業マン
 沢山のお客さんに挨拶して現金を家族に持ち帰りたいのです。

 源さん察してやれよー。

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(チチカカ湖の黒い夕焼け)

 こうしてマチュピチュを後にし
 チチカカ湖の一生忘れ得ぬ夕陽の黒い紅色を心に納め
 東京に帰って来ました。


 好い人達に出会えて善かった。

   源さん 何時か何処かで又遭いたいですね
        
    それではまた後日
    


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(近畿日本ツーリストの有名美人添乗員 坂井さんと写す)

ゲバラとテキーラの楽園 キューバ

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(葉巻工場のおばさん達は明るい!)

 ロバート・レッドフォード主演の映画《Havana》 

 彼の白いタキシードに魅せられてキューバに行きました。

 未だに米国からは直接行けません。
 キューバの葉巻は米国の税関で没収されるそうです。
 今回はメキシコシティーを経由して行きました。


 可也遠かったです。

 青い空  白い雲と思いきや
 鈍よりの空  白い浜辺は少ないのです。

 ホテルの売店は外国人価格。1ヶ月の給料30ドル。
 でも人は明るく学校は無料 病院無料 住居にもお金はかからず、

 何よりも此処は南国です。

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(葉巻屋さんにあったゲバラのポスター)

 他国で見たゲバラの写真は哲学的な顔をしていましたが
 此処のゲバラの写真は腹を出し笑っている物が多いのです。

 そうかゲバラはラテンの革命家だったんだ。

   納得。

 僕の趣味は人物ウォッチング
 路上の人物達をそれとはなしにジッート見ています。

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(葉巻屋さんの陽気な おばさん。特大の葉巻を咥えて見せます)

 道路工事のオジサン
 向こうから ボォイン ボョヨーンのオネーチャンが来ます

 此処の女性は御尻が後ろに2倍あり胸もバレーボール並み、
 嘘だと思うなら一度来て見てください

 通り過ぎるまでジッート待ちます。
 そして過ぎて5m待ちます
 
 振り返ってオシリを見ます。

 そしてズート ズート ズート ズート300m位
 見えなくなるまで見ているのです。

 仕事をする 別のオネーチャンが来る  過ぎる
 振り向く  そしてズーット。

 1時間、僕は此のオジサンを見ていました。

 なんと素晴らしい国だ ここは!。 

 見方にもルールがあるみたいです。
 道で女性と擦れ違う、5m歩いてから振り返る

 オシリを見ながら15m前に進む。

 おいおい電信柱にぶつかるぞ!。
 そこで慌てて前を向き、体勢を整えて歩き出す。 

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(観光の目玉 キャバレー トロピカーナ)

 シアワセダー 幸せだぞー! 

 何か悩みはナイノカー!(叫び)。
 みんながそうです! 

 ぼくは此処に1週間いて顔の筋肉が弛んでしまいました。

 東京で社会復帰が出来るのか?。
 やはり帰って2週間、喜怒哀楽が顔に出ませんでした。(要、リハビリ)

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(50年代のアメ車です)

 ソ連崩壊後、北朝鮮同様、此の国もエネルギー不足に陥りました。

 1950年製アメ車に1㎝の厚さのペンキを塗り修理に修理を重ねた
 このオモチャのような車

 1㍑のガソリンを入れて休日に走らせます。

 交差点を曲がる時、堪えきれずにエンジンがバッバッバッと止まります。
 いいねえ!、こんな光景北朝鮮には無かったねー。

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(後ろの共産党本部にもゲバラの肖像があります。カストロではありません)

 此の国にカストロ議長の写真は有りません。
 すべてゲバラ ゲバラ ゲバラ、故人は過ち犯さないもんね。

 トルコのアタティュルクと同じだね!。

 中央アジアの旧社会主義国に行くと現大統領の顔が紙幣に印刷されています(此れって選挙運動だろう?)。

 頭の良い国はコンナ過ち犯さないよね!。
 キューバ 立派。

 また来るよ・・・リハビリしてから。   
        

     それではまた後日
    

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(キューバの高校生)

Rally バングラディシュ ペルー

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(フィリピンのラリー《デモ》は明るい)

 Rallyと云う言葉をご存知ですか。

 フィリピンでは日本のデモ行進の意味で使っているようです。
 BBCニュースでバングラデシュの警官隊が

 ラリィー参加者を警棒でボコボコに殴っている
 ショッキングな映像を昨日見ました。

 隣国ミャンマーでは数十年前同じくラリー参加者を
 軍が大量虐殺する事件が有り

 それ以来ミャンマーは国際社会から
 締め出される状況が続いています。

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(バングラデシュの人は純朴です)

 5年ほど前バングラデシュを旅行しました。
 観光客がこの国に来る事は殆どなく
 《人々の生活》以外観るべき観光資源は有りません。
 仏教遺跡が僅かに有るだけでした。

 外国人は珍しいようで観光ヅレもしていませんでした。
 陽気で真面目で貧乏な国でした。
 好感の持てる国と云う印象を僕は持ちました。

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(バングラデシュは 至る所 リキシャだらけです)

 ただ、市場で客待ちしている力車(リキシャ・三輪自転車タクシー)を
 警察官が交通整理する時

 事前に何の警告も与える事なく
 いきなり力車の運転手達を警棒で殴りだしたので吃驚。

 ボコボコに!。
 まるでロバか豚を殴る感覚でした!。

 運転手達は最初はムッとしていても其れに反撃する事も無く。
 それにマタマタ吃驚。
 
 一体ドウナッテルンダ人権というのは?。

040204143
(2台交通事故で警察に行き トラックの運転手は警官に殴打されました インド) 

 印度でも警官が交通違反の運転手を殴るのを目撃した事が有り
 多分此の地域はこんなもんなんだろうと思います。

 サハリン(russia)でも警官が領収書も発行せずに
 スピード違反の罰金を徴収(それも坂道の下で!)
 する場面も目撃した事が有ります。

 此処フィリピンでは罰金は
 『今警官に払うか後で本庁で払うか本庁では
 マル一日時間が掛かるよ今なら割引もあるよ!』と云うことで

 殴られる事は有りません。 ナント文化的国か!

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(ペルー日本大使館 銃撃の痕)

 6年程前ペルー旅行中にRallyの道路封鎖に合い
 6時間、田舎の路上で立ち往生した事が有りました。

 此処の暴徒も警官もこの種の事件に非常に慣れており
 車だけが延々10㌔以上も列を作る事に成りました。

 事件は午前11時に始まり道路上に大小の石、釘、
 ガラスが撒かれ木材が5~6ヶ所で燃やされ

 煙りはモクモク罵声が飛び交い
 トンデモナイ事に巻き込まれたと思いました。

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(ラリー終了時 何故か横浜市水道局の給水車が来ました。ここはペルーです 唖然)

 せめて後30分早く出発していたら
 《ナスカの地上絵》をゆっくり観れたのに!

 足止めを喰った各国の観光客達は
 バスから降りて来て溜息をつきました。

 事件は膠着、夕方になり
 夕飯まえ、暴徒も警官も腹が減った頃
 展開は始まりました。

 暴徒のリーダーが5人程集まり
 呼応して現地若者100人、現地住民300人

 物売り、野次馬、外国人観光客が入り混じって投石が始まり
 路上の焚き火に石油が播かれ、煙りボウボウに成りました。

 僕は右手にアンパン左手にジュースを持ち
 《いけいけGo.Go どっちも頑張れ》

 とその時警官隊が打ち上げた催涙弾がピューと近くに着弾
 みな蜘蛛の子散らすように逃げ出し

 僕も泣きながらバスまで走って帰りました。

 その後道路は清掃されバスは動き出し
 途中パンクの修理をして目的地ホテルに着いたのが
 夜中 朝方の3時、オツカレサマでしたの一日でした。

 Rallyも地域によって色々
 くれぐれも危ないラリーには近づかないように!

 近々セブでもアジアンサミットが開催されます。
          

   それではまた後日。
                    


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(レバノン ゴラン高原に行く途中 ラリーと遭遇しました)

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